クリニックの環境でレーシックの失敗例

クリニックの環境でレーシックの失敗例



クリニックの環境でレーシックの失敗例ブログ:2017-7-30


昭和三十八年に我が家にテレビがやってきた。
その時、わたくしは小学一年生だった。

まだ番組がない時は
画面に大きな円形のマークが入っていた。
勿論、白黒である。

わずかな子ども番組がある時は、
外で遊んでいてもダッシュで走って帰っていた。

お母さんは農家の仕事でいつも外に出ていたので、
わたくしの記憶の中では、
いつも祖母と二人でテレビを見ていた。

特に、長い休みの間は
わたくしは祖母と二人で時間を共有して、
テレビの前にいることが多かった。

小学二年生の夏休みの事…

ふと気がつくと、祖母が
番組の歌や配役の名前などの、
ひらがなやカタカナを、声に出して読んでいるのがわかった。

それも、すらすらとは読めない。
特にカタカナはとてもぎこちなかった。

漢字もとても簡単で、
小学二年生のわたくしが知っている漢字の読み方を、
時々わたくしに聞いては、声に出していた。
文字がわからなくなるとわたくしに聞いた。

ある日、わたくしはしつこく聞かれ、教えてあげたが、
その時、心の中で「何で、わたくしに聞くの?」と思った。

そして、その時、
多分うっとおしいような顔をしていたのだと思う。

祖母は、わたくしに気の毒そうに小さな声でつぶやくように、
「わたくしは、子守り奉公に行ってたからなあ~」と言った。

祖母が家の事情で、ほとんど小学校にも行けず、
子守り奉公に行っていた事をお母さんが話してくれた。

わたくしはまだ子どもだったが、
小学校へ行くことが当り前だと思っていたのに、
そうではなかったことに衝撃を感じたことを今でも覚えている。

わたくしはその時八歳で、祖母は七十七歳だったので、
祖母の子供時代は遥かに遠い昔のように思えたが、
小学校へ行ける自分が、
とても幸せだと感じたことも忘れることができない。
クリニックの環境でレーシックの失敗例

クリニックの環境でレーシックの失敗例

★メニュー

エキシマレーザーを使用するレーシック
最も適した治療方法をまずは探す
角膜の厚みによってはレーシックを受けられない
レーシックを受けたメジャーで大活躍中の松坂選手
目の病気や疾患を持っている人
妊娠中や授乳時期のレーシック
ドライアイでもレーシックを受けられる
レーシックの種類によって適正が異なる
クリニックの環境でレーシックの失敗例
治療費用でクリニックを比較しよう


ページ先頭 ページの先頭へ
トップに戻る トップに戻る
友達に教える 友達に教える
(C)悩みが無くなるレーシックナビゲーション